若い惑星環境を揺るがす巨⼤フレアからの多温度のガス噴出
―ハッブル宇宙望遠鏡と⽇韓地上望遠鏡で同時に検出―

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りゅう座EK星のフレアに伴うガス噴出の想像図。高温で速い噴出が青く、低温でゆっくりした噴出が赤く描かれている。(クレジット:国立天文台)

研究成果の解説

1.研究の背景

太陽フレアは太陽表面の突発的な爆発現象のことであり、それに伴う質量放出現象「フィラメント噴出」や「コロナ質量放出」が発生することが知られています。太陽における大規模なフレアの場合、地球に向かう質量放出現象(コロナ質量放出)は送電網や人工衛星等の社会インフラに多大な影響を及ぼし、過去には実際に大規模停電や通信障害などの被害に繋がった事例が報告されています。 太陽に似た恒星でも多数のフレアが捉えられており、特に生まれてから数億年の若い恒星では、フレアが大規模かつ高頻度で起こっており、そのような大規模なフレアに伴って、巨大なフィラメント噴出が実際に発生することも分かってきています(参考:太陽型星のスーパーフレアから噴出する巨大フィラメントを初検出)。しかし従来の恒星フレアの観測は単一の波長にとどまり、フレアから噴出するガスの温度や速度の構造については解明されていませんでした。

2.研究手法・成果

研究手法
  1. 京都大学や国立天文台の研究者が主導する国際研究チームは、太陽と同程度の質量を持つ年齢約1億歳の若い恒星「りゅう座EK星」を、ハッブル宇宙望遠鏡と日本・韓国の3台の地上望遠鏡(京都大学 岡山天文台 せいめい望遠鏡兵庫県立大学 西はりま天文台 なゆた望遠鏡韓国天文研究院 普賢山天文台 1.8m望遠鏡)で同時に観測しました。ハッブル宇宙望遠鏡では紫外線を、地上の3台の望遠鏡では可視光線を観測できるため、それぞれ温度が違うガスの放射する光を詳しく調べることができます。
  2. ハッブル宇宙望遠鏡の観測データからは、フレア中に起こる炭素やケイ素原子のスペクトル線のドップラーシフトの様子を調べました。これらのスペクトル線は温度が約10万度の高温のガスから放射されるため、フレア中に高温ガスがどのくらいの速度で運動しているかを調べることができます。
  3. 地上の望遠鏡では、水素原子の出すスペクトル線(Hα線)のドップラーシフトの様子を調べました。Hα線は温度が約1万度の比較的低温のガスから放射されるため、ハッブル宇宙望遠鏡で観測できる高温ガスより温度の低いガスがフレア中にどのくらいの速度で運動しているかを調べることができます。
成果
  1. 2024年3月29日夜から翌30日朝にかけて行った観測で、りゅう座EK星で30日午前2時40分(日本時間)に起こった巨大なフレアを捉えることに成功しました。その規模は、これまで太陽で観測された最大級のフレアに匹敵するものでした。
  2. このフレアでは、まず温度10万度の高温ガスが秒速約300-550キロメートルの高速で噴出したことが分かりました。若い太陽型星でフレアに伴う高温・高速のガスの噴出が観測されたのは初めてのことです。
  3. さらに、その約10分後には温度1万度程度の比較的低温のガスが秒速約70キロメートルで噴出したことが観測され、高温・高速の質量噴出現象と低速・低温の噴出現象が同じフレアでほぼ同時に発生していたことが明らかになりました。
本研究成果の意義
  1. 今回観測されたような多温度・多速度でのガスの噴出は、太陽ではフレアに伴って起こることが知られていましたが、太陽以外の恒星における大規模なフレアに伴う巨大な質量噴出現象でも、同様に高温・高速ガスと低温・低速ガスが噴出していることが直接観測されたのは初めてのことです。このことは、太陽観測に基づくフレア・質量噴出現象のモデルが、若い恒星の巨大フレア・巨大質量噴出現象にも適用可能であることを示しています。
  2. 紫外線の観測で発見された高温・高速ガスの噴出は、可視光で観測された低温・低速ガスの噴出よりも、10倍以上大きな運動エネルギーを持つことが分かりました。このことは、今回とらえられた高温で高速のガス噴出は、従来から可視光の観測でとらえられていた低温ガスの噴出よりも、恒星を周回する惑星により大きな影響を与えることが示唆されます。

3.波及効果、今後の予定

 近年、惑星における生命誕生・維持が天文学における大きなテーマになっています。先行研究では、フレアに伴う質量放出現象が、惑星大気の進化(例えば、温室効果ガスや有機物の生成、惑星大気の剥ぎ取り)に関与するというモデルが提唱されていました。本研究で太陽以外の恒星のフレアに伴う質量放出現象において、高温・高速なガスの噴出が太陽の場合と同様に起きていることが初めて明らかになったことで、 若い太陽や太陽型星のフレアや質量放出現象が、若い地球や火星、若い系外惑星の大気の維持や成長にどの程度影響するのかを、より実際的に議論することができるようになると期待されます。
今後はガス噴出の性質ををさらに詳細に分析するために、X線望遠鏡や電波望遠鏡、次世代の宇宙望遠鏡も加えた国際共同観測を企画し、若い恒星でのフレアが初期の惑星大気や生命誕生の環境にどのような影響を及ぼしたのかを明らかにしていきたいと考えています。

論文情報

タイトル
Discovery of multi-temperature coronal mass ejection signatures from a young solar analogue
(日本語訳:若い太陽型星における多温度コロナ質量放出の兆候の発見)
著者
Kosuke Namekata, Kevin France, Jongchul Chae, Vladimir S. Airapetian, Adam Kowalski, Yuta Notsu, Peter R. Young, Satoshi Honda, Soosang Kang, Juhyung Kang, Kyeore Lee, Hiroyuki Maehara, Kyoung-Sun Lee, Cole Tamburri, Tomohito Ohshima, Masaki Takayama, Kazunari Shibata
掲載誌
Nature Astronomy(2025年10月27日付で出版)
https://www.nature.com/articles/s41550-025-02691-8

参考図表

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図1:今回の観測で利用された望遠鏡。左からハッブル宇宙望遠鏡(クレジット:NASA)、京都大学岡山天文台 せいめい望遠鏡(クレジット:京都大学)、兵庫県立大学西はりま天文台 なゆた望遠鏡(クレジット:西はりま天文台)、普賢山天文台(Bohyunsan Optical Astronomy Observatory) 1.8m望遠鏡(クレジット:Korea Astronomy and Space Science Institute)。
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図2:2024年3月30日未明に観測された、太陽型星(太陽によく似た星)りゅう座EK星のフレアに伴うガスの噴出現象。(上)フレア時の想像図。星表面でフレアが発生し、それに伴い高温・高速のガス噴出と、低温・低速のガス噴出が起こった。(下左)ハッブル宇宙望遠鏡を用いた観測によって得られた3階電離したケイ素のスペクトル線の分光データ。フレア時に秒速300-550キロメートルほど青方偏移した成分が観測され、これは高温(およそ10万度)のガスが星から飛び出したために生じたと考えられる。(下右)地上望遠鏡の観測によって得られたHα線の分光データ。フレアの10分後から秒速70キロメートルほど青方偏移した成分が観測され、これは低温(およそ1万度)のガス(フィラメント)が星から飛び出したために生じたと考えられる。若い太陽型星の恒星フレアでほぼ同時に高温・高速の噴出現象と低温・低速の噴出現象が起きていることを発見したのはこれが初めて。

Acknowledgement

この研究は以下の支援を受けて行われました。
日本学術振興会科学研究補助金(No. JP24H00248, JP24K00680, JP24K00685, JP25K01041)
自然科学研究機構 OPEN MIX LAB (Grant No.OML022403)
GSFC Sellers Exoplanet Environments Collaboration, which is funded by the NASA Planetary ScienceDivision’s Internal Scientist Funding Model, NASA’s Astrophysics Theory Program (Grant No. 80NSSC24K0776NNH21ZDA001N-XRP)
National Research Foundation of Korea (Grant No. RS-2023-00208117)

大学共同利用機関である自然科学研究機構 国立天文台は、京都大学の協力のもと、せいめい望遠鏡の観測時間の半分を全国の大学の共同利用に供しています。本研究成果の創出に必要不可欠なハッブル宇宙望遠鏡を含む多波長同時観測の実現にも、この共同利用の観測時間(Proposal ID: 24A-N-CT08)が大きく貢献しています。また、光・赤外線天文学大学間連携事業 「大学間連携による光学・赤外線天文学研究教育ネットワークの活用 - マルチメッセンジャー天文学の拠点創出 -」による、国立天文台をはじめとする国内各地の大学による連携観測網 (OISTER)を通じたなゆた望遠鏡の観測時間(OISTER Proposal ID: 2311-T-10)も、今回の同時観測に大きな役割を果たしています。